名護親方の紹介|沖縄 琉球の歴史を彩る偉人達を蘇らせた絵画

名護 親方・程 順則(ナゴ ウェーカタ・テイ ジュンソク)

親方(1663~1734)

名護親方
17世紀後半から18世紀前半にかけて活躍した、国際的な教育家。

程順則は唐名、名護親方は拝領地の現・名護市を姓としたもので、親方は役職名となります。

程順則は中国・福州に渡り、父・程泰祚が学んだ陳元輔(チンゲンポ)の弟子となり、おなじ福州の儒者・竺天植(ジクテンショク)にも教えを請います。順則は、この二人の大学者に、その卓越した天質と学識、人格を認められ、師の書物にも優秀な門下生として記録されるほどでした。

□六諭衍義(リクユエンギ)、指南広義の移入。琉球国内での出版…六諭衍義とは、清王朝が国民の道徳書として、皇帝の名で出版した書物です。のちに琉球国のみならず、日本全国に普及し、寺子屋などでも、これを修身の教科書として使用し国民の道徳観の形成につながりました。

□琉球初の学校明倫堂(メイリンドウ)創設の提言…程順則は久米村に人材育成の為の学校教育の必要性を感じ、明倫堂の建設を提言します。明倫堂は、日本各地に誕生する藩校の見本ともなりました。

『琉球王国 人物列伝』より抜粋


偉人の紹介
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